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研究・社会貢献

科研費 CaseStudy12


運動神経の酸化ストレス細胞死をおこすニューロラチリズム

生化学研究室 教授 草間國子

飢餓を生き延びたのに体を動かせなくなってしまう悲劇

運動神経は脊髄前角にある巨大で存在感のある細胞です。興奮すると末端からアセチルコリンを放出し、一群の筋繊維を収縮させます。運動神経が一定数以上脱落すると体をうまく動かせなくなり、寝たきりになってしまいます。脊髄損傷や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などでよく知られている事です。ニューロラチリズム(neurolathyrism;NL)とは両脚が痙攣性に麻痺する運動疾患で、エチオピアでは90年代の大飢饉の時に集団発生しました。その時唯一の食糧となったグラスピー(Lathyrus sativus L.)豆が原因だったのです(写真左)。アジスアベバで私が会った患者の若い男性はNLによる歩行障害を抱え、細々とした手作業だけで生活していました。NLでは知能や感覚、腰から上の運動に問題はないものの、脚を支配する神経系(錐体路)に不可逆的な障害が生じています。これは豆に含まれる神経毒β-N-oxalyl-L-α,β-diaminopropionic acid (β-ODAP )が原因です。一方アフリカのサハラ以南でも類似の運動神経の病気Konzoがあります。こちらは主食であるキャッサバに含まれるシアン化合物linamarinが原因とされ、病態はNLとそっくりで、若い女性やいたいけない子供まで罹患しています。タンパク質の多い副食さえ摂れば発症率は低下するとも言われ、いずれの病気も飽食の日本では考えられない厳しい社会の現実とつながっています。

細胞レベルでわかった酸化ストレスの及ぼす運動神経への悪影響

神経毒β-ODAPにはグルタミン酸受容体の一つであるAMPA型受容体への刺激作用(興奮毒性)があることを報告してきましたが、重要な点としてそれに伴う酸化ストレスと神経細胞内カルシウム上昇があります。実はグラスピーを単独で長期間食べていると豆のアミノ酸組成の偏りによって含硫アミノ酸不足となり、体内で抗酸化物質グルタチオンの低下が起こるのです。毒素自身にもグルタチオン合成系を抑える作用があります。我々はこのような酸化ストレスがβ-ODAPの毒性を著しく高め、またβ-ODAPによって細胞内カルシウムの持続的上昇が生じることで神経が死んでゆくことを明らかにしています。現在、酸化ストレスとカルシウムをつなぐメカニズムを追求しています。

動物モデルが教えてくれた脊髄での出血と新たな病態メカニズム

我々は神経毒β-ODAPを連続投与する方法によって、後肢だけが麻痺したゲッ歯類モデルを作成することに成功しました(写真右)。興味深いことに全例で発症期に脊髄実質内の出血が生じていました。このラットでは初期の前角細胞のアポトーシスによって、成長後までに約半分の前角運動神経が脱落し、麻痺が残ります。最近の文献でも、家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の動物モデルでも発症前に脊髄内に微小出血が起こり、これが細胞死のしくみであるとの論文が出され、我々の考えてきたことと一致しています。運動神経の細胞死ではこれまで知られていなかった共通した脊髄血管の病変が引き金になるのではないかと推定しています。本モデルや、他の脊髄病変モデルで炎症や血液脳関門の透過性変化などがわかってきました。NLや他のモデル動物の尊い犠牲を無駄にしないように日々新たな気持ちで研究に向かいながら運動神経細胞死のメカニズムを解明し、その防止法や治療薬を見出したいと考えています。

グラスピー Poorman's meatと呼ばれる。

ニューロラチリズムモデルラットと脊髄下部の出血(右)
原図 Kusama-Eguchi et al.(2010)J.Comp.Neurol 518(6)928-942

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