科研費 CaseStudy14
薬物の物性を改善するコクリスタル技術の活用
薬剤学研究室 専任講師 深水啓朗
コクリスタル(共結晶)とは何か?
医薬品のコクリスタル(cocrystal、共結晶)とは、医薬品の原薬(薬効を有する主成分)と各種の添加物からなる結晶性の複合体です。実際に我々が目にする薬物名が1種類だとしても、その結晶状態は、実は様々であることが多く、例えば覚醒作用を有するカフェインの場合では、カフェイン単味の結晶だけでなく、水分子を結晶構造中に含む1水和物や、塩酸との塩、あるいはクエン酸とのコクリスタルが知られています。市販されている多くの薬物で、Fig. 1に示すような結晶形態の違いがあることは、一般的にはあまり知られて(意識されて)いないと思われます。コクリスタル技術の最大の利点は、薬物以外の物質(通常、薬効を示さない物質が選択される)を組み合わせることにより、主薬の物性を改良できることです。例えば難水溶性の薬物であっても、水に易溶性の物質とコクリスタル化することにより、その溶解性、ひいては薬物の吸収性を向上できる例が相次いで報告されています。
図1. 医薬品原薬が取りうる結晶形態の模式図
コクリスタルと塩は似ているが、分子間相互作用のイオン結合性で区別することが提案されている。ただし、コクリスタルがまだ新しい概念であるため、世界中で議論が継続中である。
コクリスタルと塩は似ているが、分子間相互作用のイオン結合性で区別することが提案されている。ただし、コクリスタルがまだ新しい概念であるため、世界中で議論が継続中である。
なぜコクリスタルを研究するのか?
近年、新薬の候補化合物は難水溶性を示す傾向があり、開発上の大きな問題となっています。薬物を経口投与した場合、消化管内において薬物が体液に溶解した後、生体内に吸収されるため、難水溶性薬物では吸収されにくい、あるいは吸収が遅くなり、薬効の発現が抑えられる可能性が高いからです。薬物の溶解性を改善するための方法は幾つかありますが、最も汎用されているものは界面活性剤の添加です。しかしながら、その可溶化作用は消化管に対して障害を引き起こすことが懸念されるため、多量の添加は避けることが望ましいと考えられています。そこで、薬物の溶解性を結晶(分子)レベルで向上させる技術として、コクリスタルの利用が世界中で注目されているのです。
これから何を研究するのか?
薬物の溶解性を向上させる技術として、単純には薬物を微(ナノ)粒子化する方法も盛んに用いられています。これまで私たちは、薬物とポリマーおよび界面活性剤を混合し、粉砕することによる薬物ナノ粒子の調製について研究してきました。粉砕物を詳細に調べた結果、成分間に相互作用が生じ、ナノ粒子の形成と安定化に寄与していることを明らかとしました。そこで今度は、ナノ粒子の研究で培った技術をコクリスタルにも応用し、解熱鎮痛剤として汎用されるアセトアミノフェンを主な対象として研究を展開しています。アセトアミノフェンに関しては、既にシュウ酸とのコクリスタルが報告されていますが(図2)、私たちの検討では新たなコクリスタルを3種類見出すことに成功しています。現在、詳細な結晶構造の解析を行なっている段階ですが、今後、安定性や溶解性といった原薬物性が改善されれば、添加剤の使用量や種類の低減につながることが期待できます。
図2. アセトアミノフェンとシュウ酸が形成するコクリスタルの結晶構造
アセトアミノフェンとシュウ酸が、モル比1:1で平面構造の複合体を形成している。
アセトアミノフェンとシュウ酸が、モル比1:1で平面構造の複合体を形成している。