科研費 CaseStudy18
食用油のゲル化に関する新技術の開発
薬品物理化学研究室 助教 橋崎要
トランス脂肪酸の健康に与える影響
油脂(脂肪油、脂肪)は生命維持には欠かせない重要なエネルギー源ですが、脂肪の過剰な摂取により肥満、メタボリックシンドローム、最終的には冠動脈性心疾患のリスクを高めることが指摘されています。また、近年のライフスタイルの変化によって、これらの疾患を抱えた患者数は増加の一途をたどっており、食品製造業だけでなく国を挙げた取り組みが必要に迫られています。なかでも、マーガリン、ファットスプレッド、ショートニング等の固形脂肪に含まれるトランス脂肪酸を多く摂取し続けると、血液中のLDLコレステロールが増加し、動脈硬化を引き起こすことが、いくつかの大規模コホート研究により報告されています。これを踏まえ、欧米の各国では、食品中のトランス脂肪酸の使用量の制限や、食品ラベルにトランス脂肪酸の含有量の表示を義務づけるといった動きが活発になってきています。
従来のオイルゲル化技術の課題
従来、これらの固形脂肪は、液状の食用油(植物油または魚油)に水素添加することで製造されています。この水素添加の過程でトランス脂肪酸が生成されるため、水素添加に替わる固形化技術の開発が期待されています。一般に、オイルをゲル化するための戦略には、(1)結晶粒子の利用、(2)結晶ファイバーの利用、(3)高分子繊維の利用、(4)粒子充填ネットワークの利用、(5)液晶中間相の利用などが挙げられますが、食用油のゲル化に関する研究はほとんど行われておらず、クリアーしなくてはならない課題が山積しています。例えば、食用油は主にトリアシルグリセロール(グリセリン1分子に脂肪酸3分子が結合したもの)から成っていますが、原料となる植物の種類によって脂肪酸の組成が異なることはゲル化を難しくしています。また、食用油のゲル化剤には人体に対する絶対的な安全性が求められますが、この点が新しいゲル化技術を開発する上で最も障害となっています。
レシチンオルガノゲルを用いた新技術の開発
図1. 例えば、レシチン/ビタミンC/n-デカンからなる
レシチンオルガノゲル
我々はこれまで、生体や環境に対する高い安全性、良好なゲル化能、優れた使用感、取扱い性の良さを併せ持つゲル化剤の開発を行ってきました。我々の開発したレシチンオルガノゲル化剤は(図1)、生体由来のレシチンを主成分とし、逆紐状ミセルの3次元網目構造中に大量のオイルを保持したゲルを形成します。さらに、このゲル化剤は、安全性が証明されている素材のみを利用しているため、人体や環境に対して極めて安全です。よって、この技術が食用油のゲル化に応用できれば、従来の水素添加技術に替わる新技術になるものと期待され、食品製造業だけでなく、国民の健康生活の改善に役立つものと期待できます。