科研費 CaseStudy31
抗腫瘍性インディルビン誘導体の開発
有機化学研究室 教授 宮入伸一
多くの医薬品は分子量が500以下の低分子化合物である。分子量が500以下の化合物の場合、比較的容易に有機化学的な工夫を施し易く、置換基導入や構造変換によって生物活性が幾分異なる様々な誘導体の合成が可能という利点がある。それゆえ、多くの場合「化合物ライブラリー」と呼ばれる構造が類似した化合物群が作成される。新しい医薬品の探索において、「化合物ライブラリー」は有効で、創薬化学では様々な評価系を構築して目的の生物活性をもつ化合物を「化合物ライブラリー」の中から見つけ出す努力をする。さらに、生物活性の見つかった化合物の構造を比較して(「構造-活性相関の検討」という)、活性発現のための主要構造部分や望まない副作用に関連する構造部分を探り当て、活性が強くかつ副作用の少ない、より優れた化合物の創製へと導く過程を繰り返す。我々は、低分子化合物の1つであるインディルビン( I )という天然由来の有色化合物の「化合物ライブラリー」を構築してきた。インディルビンの誘導体には、抗腫瘍活性が報告されているものが多く、また細胞周期に関連する酵素の阻害活性も報告されている。現在このライブラリーには150種類を超えるインディルビンの誘導体が収蔵されており、ドイツのグループに匹敵する化合物群となっている。インディルビンの化合物ライブラリーは、主として培養がん細胞を用いて生物活性評価を行っており、肝がん細胞に対する抗腫瘍効果を始めとして、薬学部内の他の研究室と共同でヒト神経芽腫細胞に対する抗腫瘍効果やヒト薬物耐性遺伝子の発現抑制効果、神経組織の再生促進効果などを示す化合物をいくつか見出している。
図.インディルビン誘導体の構造
今回は、新たに医学部の病理学研究室と共同で膵臓がんに対する抗腫瘍効果評価系を構築し、スクリーニングを行った。ここでは、通常は平底の培養器を用いて行う細胞培養を、底の丸い培養器を用いて細胞が集積しクラスターを作り易い条件で行った。このクラスターは三次元凝集体(スフェロイド)と呼ばれるもので、平底培養器では細胞は一層になるが、この方法では多層を構成し、より実組織に近い状態になると言われている。また、細胞が層積することから腫瘍細胞と正常細胞を共培養してスフェロイドを形成させることで、正常細胞と腫瘍細胞間の情報伝達や栄養供給も可能になる等さらに実組織に近い状態へと導くことも可能である。この抗腫瘍活性評価系では、腫瘍細胞単独のスフェロイド形成を阻害するが、正常細胞単独のスフェロイド形成は抑制せず、かつこれら両細胞の共培養時のスフェロイド形成量が正常細胞単独時と同程度であることを評価基準とした。33種類のインディルビン誘導体を対象とした一次スクリーニングでは、スフェロイド形成ならびに細胞増殖を抑制する化合物8種を見出した。さらに、その濃度依存性を詳細に検討して、インディルビン 3’-オキシム( II )とその5’位メトキシ誘導体( III )を選択し、これら化合物2種を用いて実験治療学的検討を行った。ここでは、ヌードマウスの皮下に膵管がん細胞を移植した。その抗腫瘍効果を病理組織学的に検討した。この検討では,両化合物は腹腔内への投与量に依存した腫瘍塊増殖抑制が観察された。また、エンドポイントを迎えた動物から採取した腫瘍組織の組織学的検討においては細胞分裂数の低下、Ki-67ならびにp-ToPoII陽性細胞数の低下が認められた。
以上の結果から、これらインディルビン誘導体が細胞分裂の抑制を介して膵管がんに対して抗腫瘍効果を示すことが考えられた。
以上の結果から、これらインディルビン誘導体が細胞分裂の抑制を介して膵管がんに対して抗腫瘍効果を示すことが考えられた。