科研費 CaseStudy38
ペプチド性薬物の鼻腔内滞留性に優れた噴霧可能なスマートゲル製剤の開発
薬品物理化学 准教授 橋崎要
近年のバイオテクノロジーの進歩により、生理活性を持つペプチドあるいはタンパク性薬物が開発されています。一般に、これらの薬物は分子量が大きく、水溶性も高いため、経口投与すると消化管内のタンパク分解酵素により速やかに分解されてしまいます。また、運良くこれを回避できたとしても消化管粘膜を透過しにくいため、バイオアベイラビリティーが低いことが知られています。従って、これらの薬物は経口剤にすることが難しく、そのほとんどが注射剤として開発されています。しかしながら、注射による投与は患者さんに苦痛を与えQOLの低下につながることから、注射に代わる非経口の経粘膜投与製剤の開発が望まれています。非経口の粘膜投与に適した剤形の1つに経鼻投与製剤があります。鼻腔内に投与された製剤は、その一部が粘膜に付着し薬物の吸収を高めますが、吸収経路は薬物の種類によって異なります。ペプチド性薬物のように水溶性の高い薬物は、主として細胞間経路を通って粘膜から吸収されます。鼻粘膜には他の粘膜部位と同様に、粘液バリアー、酵素バリアー、および透過バリアーといった生体防御機構が存在するため、粉末剤や液剤などの従来製剤は、鼻腔から速やかにクリアランスされてしまいます。この問題を解決するために、粘膜付着性基剤を用いた製剤が開発されていますが、鼻腔の不快感や、薬物が基剤から放出され難くなるといった問題点があります。このことから、ペプチド性薬物の経鼻製剤には、①粘膜付着(鼻腔内滞留)性が高く、②刺激性や異物感がなく、③細胞間経路を介した薬物透過を促進するような剤形が強く求められます。
そこで我々は、従来の製剤(粉末剤や液剤など)では不十分であった粘膜付着性や粘膜透過性を改善するために、超分子からなるスマートゲルを利用した噴霧投与が可能な経鼻吸収製剤の開発を目指しています。我々が注目する超分子スマートゲルの一つにレシチン逆紐状ミセルがあります。当研究室ではこれまでに、生体由来のレシチンと極性物質(尿素、D-リボース、アスコルビン酸、ポリグリセリン、多価カルボン酸など)の混合物をオイルに加えると、レシチン逆紐状ミセルからなるオイルゲルが形成されることを報告してきました(図1)。これらのオイルゲルは、生体適合性、調製の簡便性、高い安全性といった特徴を有しています。また、レシチン逆紐状ミセルからなるオイルゲルは、非常に強いチキソトロピー性を持ち、ゲルであるにもかかわらず液体のように噴霧が可能で、噴霧後は瞬時にゲルに戻るという不思議な性質を持っており、本課題を解決するための有用な手段になると期待されます。