科研費 CaseStudy44
イオン液体技術を利用したNose-to-Brain (N2B)指向性粉末経鼻製剤の開発
薬剤学 助教 鈴木直人
N2B経路を有する経鼻投与
超高齢化社会における中枢神経性疾患に罹患する患者の著しい増加により、これら治療薬として新規創薬モダリティであるペプチドや核酸などの水溶性中分子の開発が活発化している。従来の投与方法(経口や静脈注射)による水溶性中分子の血中から脳への移行は、バリアー機構である血液脳関門により著しく制限されている。一方で、血中を介さず鼻腔から脳への送達経路(Nose-to-Brain: N2B)を有する経鼻投与は、水溶性中分子を鼻腔から脳へ直接送達できることから、近年注目されている投与経路である。
N2Bを指向した経鼻製剤の設計における課題
図1 経鼻投与された薬物の吸収および排泄
鼻粘膜表面には生体防御機構として粘膜繊毛クリアランス(Mucociliary Clearance: MCC)が存在するため、経鼻投与した薬物などの外来性異物は粘液層ごと咽頭側に排泄される(図1)。また、鼻から脳への送達に最も寄与する嗅粘膜は鼻腔頂部に位置するため、経鼻投与された薬物のうち嗅粘膜に到達するのは僅か数%である。これらのことから、N2Bを指向した経鼻製剤の設計では、製剤薬物量の高濃度化、粘性により鼻粘膜上での滞留性を付与する粘膜付着剤および鼻粘膜透過促進剤の添加が必要である。しかしながら、添加剤の多用は、製剤投与量の増加による製剤の薬物含量の低下をもたらし、嗅粘膜に到達する薬物量の減少による脳移行性の低下が懸念される。そのため、製剤の高濃度のため鼻腔内滞留性や鼻粘膜透過性を併せ持つ製剤材料を見出すことが、水溶性中分子の高い脳移行性を示す経鼻製剤の開発において喫緊の課題である。
イオン液体の経鼻製剤への適用により期待される効果
図2 イオン液体の特徴ならびにそれを用いた経鼻製剤の設計
本研究では、鼻粘膜滞留性および鼻粘膜透過性の付与が期待される分子複合体のイオン液体を経鼻製剤に適用し、N2Bに対するイオン液体の有用性について検証する。イオン液体とは、カチオンおよびアニオンが相互作用することで形成し、室温付近において液体で粘性を示す分子複合体である。これまでに、環境エネルギー分野等で溶媒として多様な性質を示すことから、水、有機溶媒に続く第3の液体とも呼ばれ、医薬分野では、薬物を溶解する溶媒や経皮送達製剤の皮膚透過促進剤として利用されている。これら特徴を有するイオン液体をN2B指向性経鼻投与製剤に適用することにより、製剤中の薬物高濃度化、鼻粘膜上における滞留性の向上および鼻粘膜透過性が期待される。また、このイオン液体を多孔性シリカに封入し粉末化することで、高濃度経鼻製剤の投与容量を最小限に留め、汎用経鼻投与デバイスによる噴霧が可能な製剤化を実現できると考えている。
以上のように、従来の製剤設計では成し得ない中枢神経性疾患を治療できる薬物を効率良く脳へ送達する経鼻製剤の開発を目的として、鋭意検討を進めている。
以上のように、従来の製剤設計では成し得ない中枢神経性疾患を治療できる薬物を効率良く脳へ送達する経鼻製剤の開発を目的として、鋭意検討を進めている。