平成19年度選定
筋萎縮性側索硬化症の病態メカニズムの解析とその制御による新規治療薬の開発
1. 研究の背景
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は手足を動かしたり、呼吸をしたりするのに必要な運動神経だけ死んでいく神経の難病です。ALS になると、筋力の低下や飲食がしづらくなる症状が現れます。症状が進むと、呼吸がしづらくなります。ALS の進行は非常に早く、ALS になってから、3年以内に死がおとずれます。なぜ、ALS になってしまうのか原因はよく分かっていません。ですが、ALS 患者さんの運動神経では、金属の銅が増えているという研究成果が発表されています。
2. 研究の目的
私たちは、まず、「ALS 患者さんは、なぜ、銅がたまりやすいのか?」この謎を調査しました。次に、「たまっている銅を取り除いてあげると ALS は良くなるのか?」治療薬開発の第一歩も行いました。
3. 得られた成果
(1) ALS モデルマウスは体の中の銅をきちんとコントロール出来なくなっている
銅は、私たちにとって、なくてはならない栄養素のひとつです。体は、銅をきちんと利用するための、制御システムを持っています。ALS 患者さんでは、「銅の制御システムがおかしくなっているのではないか?」と考えました。そこで、まず、ALS モデルマウスで、銅の制御システムに異常が起こっていないか調査しました。予想通りに、ALS モデルマウスでは、銅の制御システムに不具合があり、銅がたまりやすくなっていました。ALS 患者さんにも、同じような銅の制御システムに異常があるのかもしれません。
(2) ALS モデルマウスのたまっている銅を取り除いてあげると、マウスが長生きする
次に、「たまっている銅を取り除いてあげると、ALS モデルマウスの症状が良くなるか?」調査しました。ALS モデルマウスに、テトラチオモリブデン酸アンモニウムという体の銅を取り除いてくれる薬を注射しました。1ヵ月後、注射をしていない ALS モデルマウスは、全匹、死んでしまいました。ですが、注射したマウスは、ALS が良くなっていました (図A)。注射をしたマウスは、注射をしていないマウスよりも、2週間も長生きしたのです (図B)。
A. 注射後、3週間目のALS モデルマウス。
上の写真: 注射をしていないマウス。体全体の筋力が低下し、寝たきりになっています。
下の写真: 注射をしたマウス。ALS が良くなり、まだ元気です。
B. ALSモデルマウスの寿命
注射をしたマウス (ピンク線) は、最終的に、2週間も長生きします。
4. 今後の展開
- ALS モデルマウスでは、銅の制御システムの異常が見つかりましたが、ALS 患者さんにも本当に、異常があるのか調査しなければなりません。
- テトラチオモリブデン酸アンモニウムは、アメリカでは、他の病気の患者さんでの使用実績があります。報告によりますと、テトラチオモリブデン酸アンモニウムは安全性が高い薬だそうです。ALS 患者さんの症状を良くできるか、薬の効果を調査する必要があります。
5. 論文発表
今回の成果は、以下の論文に発表しました。
- Tokuda E, Okawa E, and Ono S. (2009) Dysregulation of intracellular copper trafficking pathway in a mouse model of mutant copper/zinc superoxide dismutase-linked familial amyotrophic lateral sclerosis. J Neurochem 111, 181-191.
- Tokuda E, Ono S, Ishige K, Watanabe S, Okawa E, Ito Y, and Suzuki T. (2008) Ammonium tetrathiomolybdate delays onset, prolongs survival, and slows progression of disease in a mouse model of amyotrophic lateral sclerosis. Exp Neurol 213, 122-128.